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2006年05月06日

魁皇編

<フランスのウェブサイト"Le Monde du Sumo"に載った魁皇編・・日本語版>

質問:調子は如何ですか。
魁皇:やっと疲れが取れてきたかな。。。少し休んで楽になりました。
   これから稽古もしながら治療もしていきます。

質問:子供のころ、他にどのようなスポーツが好きでしたか。柔道をなさっていたとか・・ 
魁皇:小学校の2年か3年のころから2年くらい空手をやっていました。
    空手は色々あって(笑)一回ずる休みしたら、親に「そんないい加減な気持ちでやっているなら
    やめろ」と言われてやめさせられて(笑)。そのあと、中学2年になるときに仲のいい友達に急に  
    「柔道やらないか」と誘われ、少し興味があったので、じゃやってみようかと・・。

質問:強かったそうですが・・・
魁皇:いや、そんなことありませんよ。(謙遜)

質問:それで、相撲にもスカウトされたとか・・・
魁皇:相撲も大会には出されていたので、やってみないかと言われたけれど、そのときは(相撲には)
    全然そんな気はなくて、柔道も面白くなってきたころだったし。

質問:お相撲さんになる他に、やりたいこと、夢はありましたか、
    それともずっとお相撲さんになりたいと思っていましたか。
魁皇:小学校のころは競輪の選手になりたくて。うーん、他には特に無かったですね・・・(笑)

質問:いつお相撲の世界に入ろうと決めたのですか。
魁皇:お相撲さんになりたかったわけではないんです。
入る前の年の11月に周りが全部お膳立てをして・・・流されるようにお相撲さんになった。

質問:福岡で千代の富士の稽古を見たあとに相撲の世界に入ろうと決心したという話もありますが。
   九重部屋でなくて友綱部屋に入られたのはどういったいきさつだったのですか。
魁皇:いや、全然(話は)違います(笑)。当時、相撲には興味が無かったのだけど、でも、冗談半分で、
   「相撲の稽古って見てみたいな」と言っていたら、地元の人が「友綱部屋を知っているから稽古に
   一回来てみないか」と言われて、それがきっかけで部屋を見に行ったのです。
   そのころ九重部屋しか知らなかったので、「九重部屋とか見たいな」と言ったかもしれないけれど、 
   実際には行ってないんですけどね。
   行ったのは、友綱部屋と宮城野部屋。そのときは決心はしてないんですけどね。
   進路で悩んでいた時期だったので、周りから色々話を聞かされて、それで入ったという感じ。

質問:最初は嫌だったと(笑)?
魁皇:そうですね。最初は何でここにいるのがわからなかった。
    何年かして番付が上がってくるにしたがって、自分でも力がついてきているのがわかったし、
    だんだん楽しくなって、いつの間にか相撲が好きになってきた・・・といったら変ですけれど。 
    嫌いなものでもやってみれば楽しくなることもある・・(笑)

質問:故郷を離れることに抵抗はなかったのですか。
魁皇:それはかなりありました。
    自分の中では、地元で高校に行って、普通に九州で働きたいなというのがあったので。

質問:相撲人生の中で、忘れられない一番、また、自分で最高だと思っている一番はありますか。
    それは何故ですか。
魁皇:この一番といわれたら難しいですね・・・色々ありますけれど・・・
   (少し考えて)何番かあるんですけど。
    幕下優勝のとき、十両を決めたときもそうだし、あとは、初金星のとき・・・それぐらいかなぁ。
     これ一番というのはなかなか・・・十両のときは、九州場所だったんです。
    地元で、勝って十両に上がることを決めたことがとても嬉しかったです。

質問:貴乃花、若乃花、曙と同期のいわゆる花の63組といわれている中、魁皇関がまだ
    幕下のころに貴乃花は3役になっていましたが、そのころどのように感じていましたか。
魁皇:見てて強いなとは感じましたし、いつか自分も追いつきたいなという気持ちはありましたね。
    同期生なんで、向こうは子供のころからやっているし、でも、入った年は一緒だし、年も同じだから
    負けたくないなと言う気持ちがありましたね。もちろん差はかなりありましたけど(笑)。

質問:初土俵を踏んだとき、同期のなかで誰が一番強い力士になると思いましたか。
魁皇:そのころ、自分に何が起こっているのかよくわかっていなかったので(笑)。
   今までも話しましたように相撲の世界に入りたくて入ったわけではなかったので、
   (誰が強くなるかとか)あまり考えていませんでしたよね。ただ、曙、貴乃花、若乃花っていうのは
    教習所にいるころから誰よりも稽古をしていましたよ。それは凄いなと思いました。

質問:今までで、どの力士が一番素晴らしいと思いますか。
魁皇:三段目のころは、霧島関。 あの身体で力強い相撲をとっているところが、憧れでしたね。

質問:対戦相手で一番の好み(お気に入りみたいの)はありますか。
   (藤島親方に同じ質問をしたとき、「魁皇」と答えていらっしゃったそうですが・・・)
魁皇:(笑いながら)どういう意味だ?? うーん、好み?

質問:でなかったら、取りやすいとか取りにくいとか、当たりたいとか当たりたくないとかいう好み・・・
魁皇:特別にそういう好みはあまりないんですね。でも、思い切って力が出せる相手と言うのは、
    武双山・・やっぱりライバル視されてましたから。あとは、貴乃花関。
真正面から勝負をしてくるし、体の大きさも変わらないし。

質問:武双山関とはとても仲がいいと聞いていますが。
魁皇:そうですね。結構一緒に食事行ったり、飲みに行ったりしてましたね。。。今もたまにですけど。

質問:貴乃花関は?
魁皇:同期会とかあるんで・・・そのときくらいかなぁ。.

質問:対戦相手として、印象に残るまたは残っている力士はいますか。
魁皇:いや、難しいな。同期生の人、横綱、上位の人達。

質問:一番のライバルは誰ですか。
魁皇:いろんな人は千代大海と思っているんじゃないですか。角番の数とか(笑)ちょっと前までは
   武双山だったけれど。今は、ライバルは、上位にいる人は皆そうですね。皆がライバルっていうか。

質問:他の大関(特に綱とりがかかっているような)と対戦するとき、
特に気合が入るようなことはありますか。栃東戦はどのように思っていらっしゃいましたか。
魁皇:特にということはないですね。どの一番も同じように気合入りますよ。

質問:夏場所に向けて、心身ともに調子はどうですか。
魁皇: 稽古したり、身体を休めたり、治療したりということをバランスよくやっていくことが
    大切だと思います。夏場所に向けてベストなコンディションを作っていきたいですね。

質問:力に頼った相撲が腰痛の原因ともメディアでは言われていますが、実際そうですか。
魁皇:でも、自分の相撲は力の相撲であることが多いけれど、それが自分の相撲であって
     その自分の相撲が取れなくなったら終わりだと思う。できるところまでやらないと・・
    終わりはいつ来るかわからないけれど、取れるうちはそれが力任せの相撲でも取っていきたい
    と思いますけどね。

質問:この春場所、最後の3勝負勝つ以外にないようなプレッシャーをどのように
    跳ね除けることができたのですか。
魁皇:ようは、開き直り。ここで何かを考えてもしょうがないと思ったので。
    緊張することで身体が固まって負けるとかそういうもったいないことってないじゃないですか。
    そういうのを考えるとそれだったら、思い切りぶつけていこうと思いました。

質問:それが良く出ていましたよね。
魁皇:そうですか(笑)。あそこまでいくと、もう何も無いですからね。
身体のことより、その一番のことなので。

質問:世界各地からのたくさんのファンの声援に驚きましたか? 
後半、そういった声援が励みになったでしょうか・・・
魁皇:色々な人が、いろいろな国から応援を頂いて、あれは、かなり自分の中で大きかったです。
    どういう風に思ってくれているかよく伝わってきましたし、海外からもここまで見てくれているんだと
    いうのは本当にびっくりしました。ほんとにこれだけ見てくれているんだ。。。。と思って。
    こんなにまだ思ってくれている人がいるんだと思って。ああいうのがあったから、
    最後まであきらめないでできたと思います。 

質問:魁皇には横綱が似合うと思いませんか。(私たちはそう思っている!)
魁皇:いつも言うことですが、現役をやってる間は常に上を目指してというのはあります。
    それが無くなったら駄目だと思います。なれるかなれないかは別にして、
   とにかくあきらめない気持ちはいつもあります。

質問:それで、「似合う」と思いませんか?
魁皇:それは、自分の口からはちょっと・・・(笑)(謙虚に・・・)

質問:もし、「イメージの良くない横綱と最高の大関」を選べるならどっちがいいですか。
魁皇:相撲界でいえば、最高の大関より横綱は上ですからね。イメージは悪くてもそれは頂点ですから。
    上は目指します。皆さんに応援して頂いている間は、現役でいる以上は、横綱になるという夢は
自分でもあきらめるわけにはいかないので。

質問:相撲を取り続けることに喜び(楽しみ)を感じていますか、
   それともファンのために続けている感じもありますか。
魁皇:結果的に言えば、誰のためでもなく本当は自分のためなんですよね。
    でも、その自分のためにやることが、人が喜んでくれたり感動してくれたり、いろんなことがある。
    人気のある人を倒せば憎まれることもあるし。いろいろな人の声も聞けるし、
   自分も元気になりますね。目立つことがすきということではないけれど、自分のやることで
   周りにいる人も一緒に喜んでくれるというのは嬉しいですよね。
    それは現役をやっていないと味わえないことですから。

質問:いつか引退したとき、浅香山親方になりますが、新しい部屋を興すつもりですか。
    それとも、友綱部屋に残り、新しい関取を育てるべく友綱親方を支えていきますか。
魁皇:どうなんだろう。そういう状況になったときに考えますけど、親方になるからには、自分の弟子を
   育てて強くしたい気持ちは絶対にあります。もちろん、部屋を興すということも考えます。
    それでも部屋にお世話になった分、ちゃんと部屋にできることはして恩返しをしたいとは思います。

質問:では、それはそのときにインタビューさせて頂きますね(笑)。
魁皇:はい。(笑)

質問:外国人力士の活躍をどう思いますか。
相撲の世界にとって良いと思いますか、あまり良くないと考えますか。
魁皇:いいことだと思いますよ。海外から来ると言うことで、その国の人達が見てくれて、
相撲が世界に広がっていくことは素晴らしいことだと思います。
それに日本人がちょっとついていっていないというか。

質問:日本人若手力士についてどう思いますか。
魁皇: まぁ、時代の流れだと思うので。
  稽古にしても、昔と比べればだいぶやさしくなってきていると思うけれど、
    その優しくなってきていることにも耐えられない。ま、根性が無いというか。
気持ちが弱いというか根性ある人が少なくなってきていますよね。

質問:横綱になるのに、日本人力士に欠けていることは何だと思いますか。
魁皇:日本人の若手の人達が伸びてこないなと言うのはありますね。
   向こうから来るというのは、国の代表としてきているような感じってあるけど・・・差がありますよね。

質問:精神的なこともあると思いますか?
魁皇:あると思います。向こうから来ている力士は家族を養いたい、特に親を助けい気持ちがあります。
    親孝行ですよね。日本と彼らの国の平均月収なんか比べると、彼らにとっては上に上がれば
    もっと稼げてもっと家族を助けられるっていうのがありますけど、日本人の力士にとっては
    親の生活を見るまでのものはありませんから。

質問:誰が次の横綱になると思いますか。栃東だと思いますか。
魁皇:一番近いですよね。

質問:(魁皇関が)一番近かったのに・・・
魁皇:(笑いながら)・・・過去形・・・

質問:相撲以外に興味のあることはありますか。ラジコンが趣味だとか・・・
   何台くらい持っていますか。いつやっていますか。
魁皇:20-30台くらい。。。車ばっかり。飛ばすのもやろうと思ったことはあるけど。
    飛ばすのは危ないので。突然コントロールが乱れたら怪我するっていうのがあるでしょう・・・
    場所後の休みのときに唯一いろいろ忘れて没頭できるというか、リフレッシュできるので。

質問:世界各国のファンの皆さんに一言。
魁皇:ありがとうございます。まず感謝ですよね。特に春場所に関してはあれだけ応援してくれたこと、
    感謝してます。それ以上の言葉もでないですよね。
少しでも声に答えられるようにあきらめないでがんばります。現役をやることの楽しさと言うか、
一人じゃないという、応援してくれている人達も皆、手に汗握ってくれてるということが
良くわかったんで。ほんとに感謝している。少しでも長くできるようにがんばります。

質問:去年の8月にスイスのローザンヌで、藤島親方にインタビューすることができました。
    魁皇関もファンのたくさんいるヨーロッパにいらっしゃるチャンスはありますか。
魁皇: あー、そういえば言ってた、スイスに行くって。 うーん、機会はなかなかないですねぇ。。。
    難しいなぁ、いろんな人に会いたいなと思いますけど。そんなに時間がないけれど。。。
    機会があれば是非行きたいなと思いますよ。

Harumi: ありがとうございました。
Kaio:こちらこそ、ありがとうございました。

2006年05月06日 18:18